教育における著作物の利用についてはこちらで紹介したことがあります。
https://www.magicaltoybox.org/kinta/2017/09/18/15607/
再掲載すると
著作物等の「文化的所産の公正な利用に留意しつつ,著作者等の権利の保護を図り,もつて文化の発展に寄与すること」
と
著作物を作る人にとっても、使い人にとってもWINーWINの関係
です。つまり、作った人にとってはそれを広く広まって欲しいという思いもあるが、制作者の意図に反してまたは了解なく勝手にコピーしていくことには大きな問題があることです。
また、企業の活動として続いていくためにはそれなりの対価を払うことはそれを作った人に対しての敬意を払うという意味でもとても重要です。
知り合いのかわけんさんがブログでこんな記事を書いて下さいました。
https://note.mu/kawakenda4/n/n4ba62485d0b0
とても分かりやすく整理されています。
学校という場は、教育をするところです。子どもたちにどんな事が大切かという事を教える教員が、世の中の常識を知らないとすればとても悲しいことです。
反面教師という言い方もあるでしょうが、いつも反面教師では困ります。
ところでかわけんさんの記事の最後に「悪貨は良貨を駆逐する」と言うことについて書いています。
とても共感するところですが、もう一つ考えるのはマネをされてもそのさらに先に行けるといいのかなということも考えます。
よりよい製品というのは常に工夫と進歩があります。
ある意味、まねされるほどよい製品だと言えるが、そこで留まることなくよりよいものに変わっていく。
視線入力装置は今、とても注目を浴びていますがもしかするとその先にあるものが出てくるかもしれない。
そうしたら「まだ視線やっているの?」ということにもなるかもしれません。
その時に大切なのは
本人のニーズ
だと思います。
そこに注目できるようになることが凄く大切。
「視線をやりたい」ではなく「コミュニケーションを取りたい」
もっと進んで、「好きな子に告白したい」というようなことを見つけていって
その実現のために支援機器が使われるようになってもらいたいなと思います。